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【講演】わが国の安全保障、WTO Vol.3(2008〈平成20〉年6月10日)

わが国の安全保障、WTO Vol.3
2008年6月10日 第39回一柳アソシエイツ特別講演にて
わが国の安全保障、WTO Vol.2」のつづき

◆WTOのキー、アメリカ
もう一つのカギはアメリカです。

これまでアメリカは、システム上、議会は大統領・政府に対し一括して通商交渉する権限を与え、政府はその賛否のみ、つまり無修正でYESかNOか一括で採決させる権限を持っていました。貿易促進権限、いわゆるTPAですが、これが昨年7月に失効しています。

ですから、今のアメリカの場合、政府は認めても、議会の方で「この砂糖についてはけしからん」「この綿花についてはけしからん」「牛肉についてはけしからん」、ガチャガチャにされちゃう可能性があるわけであります。

ちなみに、このTPAが失効していない間に結ばれたのが、韓国とアメリカ間のFTA締結の合意です。牛肉の問題がありますから、韓国では大騒ぎになっています。

あれは交渉の権限のある政府同士で決めたことなんですが、「ちょっと、あんなに決めちゃっていいのかな」と私が感じたぐらいで、ずいぶん思い切ったことを盧 武鉉(ノ・ムヒョン)と当時の貿易担当大臣がやったんですね。

私も今、アメリカとは狂牛病に関しての「30ヵ月問題」をやっていますけども、狂牛病だけでなく、遺伝子組み替えの問題など、食べ物についてはたぶん理屈抜きの世界があるわけです。
だから慎重に交渉を行わなければけないわけですが、あの時の韓国の判断はどうだったのだろうかと、大きなつまづきにならないといいが、と思っています。

ということで、WTOは、アメリカとそして途上国の分裂もあって、結局は、まとまらないだろう、と思っています。もし、もう間違ってたら、あとで「ごめんなさい」と言わなければなりませんが。

◆これからの通商交渉
WTOでの話は、すべての問題を一括して各国が受諾します。
農業も工業品もルールもサービスも知的財産権も、何もかも一括受諾です。
工業だけ、農業だけ、というのはこの交渉の大前提としてありえないわけです。

WTOの件となれば、結構、農業ばかりがいろいろ言われますけれども、最近は工業品も大きな問題になっておりますし、それから、これはたぶん、知的財産権、地理的表示も問題になってくるでしょう。

例えば、「和牛」。今、世界中で和牛を食べることができます。
私も中東やアフリカに行ったりすると和牛が出てくるんですね。
「なんで和牛だ?」と聞くと、
「オーストラリア和牛だ」と答えが帰ってくる。私は「和牛」の「和」とは、日本の「大和」の「和」だと私は思っていたんですが、こうなってくると、なんの「和」なのかわかりません。

それから、最近、報道されていましたが、中国で「讃岐うどん」や「青森りんご」という言葉が商標登録されちまっている、というように、地理的表示、知的財産も今後は絶対に問題になってきます。

ちなみに日本でも「但馬牛」を山形県の最上川沿いで和牛を作って、「最上但馬牛」と売り出したら、但馬が訴えたということがありました。“最上”の部分が、「もがみ」じゃなくて「さいじょう」と読めるから、但馬牛の最上級のものだと思われる、と。結局、最後は、「もがみ」と大きくフリガナをふるとなりました。

但馬の話は余談ですが、なんで中国で「讃岐うどん」や「青森りんご」が登録商標されなきゃいけないんでしょう。

◆ヨーロッパ諸国とWTO
少しヨーロッパに目を向けてみると、農業国であるアイルランドが今のままのWTO交渉には納得できないとして、リスボン条約批准に反対する動きがでてきました。

それから、EU27のうちで農業あるいは貿易委員あたりは早くWTOをまとめたいと思っているのですが、少し強引に進めようとしているので、このEU参加国の27ヵ国中20ヵ国以上がいま反対をしております。
ドイツですら反対をし始めました。
ドイツは農業はいいとして、工業のほうで取れるものがあまりにも少なすぎるという主張です。
結局、EU27ヵ国のうちで積極的なのは、イギリス、あるいはデンマーク、スウェーデンなどだけになっています。

◆アフリカ諸国とWTO
それから、アフリカ諸国もですね、生物多様性条約などを言いはじめて、原産地よりもっと古い「種の起源」というものはアフリカにあるじゃないかと突然主張しはじめています。

つまり、例えばコメは中国、小麦は中東、コーヒーはアラビア、チョコレート・ココアは中米と原産地はそれぞれあるけれど、そもそも「種」の起源はアフリカだ、と。しかし、これを突き詰めると、人類のルーツはアフリカであって、我々は生きてる時にはすでに知的財産権というか生物多様性の権利をアフリカに払わなきゃいけないという、とんでもない事態になりかねない。

余談ですが、私が以前、中国の大臣に「環境権と省エネ権と知的財産権を直さない限りは、日本は中国と徹底的に戦う」と言ったとき、その大臣が、彼はとても素敵な人なんですけど、その彼が、「漢字も印刷も全部みよ、日本が中国から盗んだんだろ」とこう言われたことがありました。その時は、「うーん、確かにそれはそうだね」と答えた覚えがありますが、それとこれとは話が別です。

◆WTOの行方
以上、いろいろ述べてきましたが、WTOは非常に難しいと思います。
近々、アメリカの大統領選挙がありますんで、次の大統領の下で閣僚等が選ばれることになります。これは議会で指名ですから、おそらく半年は交渉がストップします。
だから年内に合意をしなければ、となるんですけども、アメリカも日本も、ブラジルもインドも、なんとか年内にまとめようと口では言うものの、さて、本音なんだろうか、という話です。

「6月中に閣僚会合をやろう」とみんな言っております。
6月中に閣僚会合をやって、7月のWTOの最高議決機関である一般理事会、総会を迎えたい。そして、8月に夏休みを彼らは取りたいんですね。
2年前、「夏休みなんかスッ飛ばしてでもやったらどうだ」と言ったら、えらい顰蹙をかいました。彼らは死んでも夏休みとります。

そんな今も、実質的なところ、WTOは動いておりません。総務、あるいは大使レベルも動いておりません。
なぜなら、サッカーのヨーロッパ選手権がスイスで行われているからです。
2年前に私が閣僚だった時、ドイツでワールドカップが開催されていたんですが、会議が1時間も2時間も遅れるんですよ。今アルゼンチンとどこかが1対1でどうしたこうしたってことでみんな盛り上がっちゃって、会議が始まらないんです。

私もサッカーは好きですから、それはそれで面白いんですけれども、国際会議の場でも夏休みとサッカーだけは優先されてしまうんですね。こっちは死ぬ気で挑もうとしているのに、バカみたいな話なんですけど本当なんです。

もし、仮に7月に基本合意が決まったすると、その後、基本合意に基づいて150ヵ国がそれぞれの国と個別の交渉をやります。
150×150で22500ですか。
この交渉が始まって、コンピュータ登録しなければいけない。
おそらく日本はやらなければいけなくなったらできると思います。
でも、途上国の国々の中には交渉の技術的にも無理なところもあります。

そんなことをずっと思っていたんですが、昨日ジュネーブに電話をしていろいろ話を聞き、「たぶん無理だろう」という判断を外で言おうと決め、今日、言ったという次第です。

ただし、気をつけなければいけないのは、皆さんは経済人だからWTOがまとまって欲しいのかもしれないですが、可能性として一つあるのは、アメリカとEUとブラジルと事務局長のパスカル・ナミーが強引に決めてしまう、という方法です。
つまり、もうスモールパッケージで決めようとするかもしれません。ただ、このやり方で日本の苦い経験をしていますから、これには十分、注意しておきたいと思います。
(つづく)