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【講演】「人権擁護・水 Vol.2」(2008〈平成20〉年6月13日)

人権擁護・水 Vol.1」のつづき

◆人権擁護法案を考える

一審、二審は、どうも取材される側にある、“こういうふうに報道してもらいたいという期待権”があってそれが意味を持つのかどうか、いうところに裁判のポイントが絞られていきました。一審、二審では、そんな期待権はあるかもしれない、というような判決が出たわけであります。
そして昨日、いよいよ最高裁判決が出ましてて、その期待権は報道の自由よりも優先されるものではない、となった。
期待権は権利として確立したものでもないという判決と言ってもいいかもしれません。
マスコミによって書き方がばらばらなんですが、NHKは「完全勝訴だ」といっている。
あるマスコミは、「報道の自由は守られるべきだけど、NHKにも反省すべきところが多々ある」という論調。
さらには、「政治的圧力については裁判でも言及していないから、安倍と中川の問題についてはまた別問題」と書いたところもあります。
私としても各新聞をもう一度検証して、自分のホームページに出そうかと考えています。

こういうことは、すぐに忘れられちゃいます。
忘れられるというか、中途半端な印象だけが残ってします。例えば今回の件で言えば、「安倍と中川っていつもマスコミに文句ばっかり言っているんだよね」という具合に。それはこちらとしても納得いきませんから、安倍さんと私で昨日の時点で文書は出したんですが、話題が冷めないうちに残る形で自分の見解を出したいと思っています。

本当は裁判に証人として呼んでもらえれば、裁判の記録の中に残るからよかったんですが、何回もお願いしたんですが、最後まで呼んでくれませんでした。

皆さんも今日の新聞に出ていますので、いくつかお読み頂きたいと思います。
マスコミというのは、政治の権力以上に力を持っています。マスコミにとって政治家をつぶすことは簡単ですけれども、われわれ政治家がマスコミをつぶすことなんてほとんど不可能です。

もし、人権擁護法が成立した場合、そういう危険が皆さん方にもふりかかってくる。「そんな馬鹿な」と思われるかもしれませんが、法案を読めば読むほどそう読める。

これまで例えば日弁連などは、1のものを100くらいまで解釈し、だからダメだと言ってきたんですが、この人権擁護法については100に読めるものを1にしか読めないからいいんだ、と言っている。

この根底にはいわゆる差別問題が過去においてあったことが原因としてあるのも事実です。

ただ、差別問題が絡んでいるからと言って、おかしな法案に目をつむるわけにはいかないんです。
この人権擁護法案については、本当に多くのメールを頂いています。もう1000通を超えたと思います。

いつも、私に来るメールは「私の意見に賛成だ」というが6割、その他は、「中川が間違っている」「中川はおかしい」「政治家やめちまえ」という強烈な反対が4割くらいです。

しかし、この人権擁護法案については、「お前の言っていることはけしからん」という内容のものは1通もない。これが不気味なんです。これは稲田朋美あたりに聞いても私のところと同じらしい。

もちろん人権を擁護しなければいけないのは当然のことです。
過去に差別され、ご苦労なさった方々が大勢いらっしゃることを私も知っています。しかし、その差別の問題を解決するための法律だというならば、そのための個別の法律を作ればいいのではないか、と思うんです。DV法、セクハラ法、迷惑防止条例など、大変なご苦労をなさった方を救済し、その権利を補強する法律の方が制度趣旨にマッチするではないか、と。

「人権擁護法」という法律の名前だけを見てると、なぜこれに反対なのか、と疑問に思うかもしれない。しかし、その中身をもう一度皆さんには読んでいただきたいと思っています。
人権は我々国民にあるものですから、つまり、この法律は我々全員にふりかかってくる法律だとどうか忘れないで頂きたいと思っています。

(つづく)