【本棚】『フランスよ、どこへ行く』(2007年10月25日)

『フランスよ、どこへ行く』(山口昌子・産経新聞社)
「サンケイ」はユニークな新聞だ。
 国益を前面に出し(世界では当たり前だが、日本では少数派)、夕刊を廃止(経営上の理由?)、最近は広告を上段にもってきた。
 それだけではない。特派員が極端に長く駐在する。その結果、表面的以上の情報を持ち、特派員の考え方が深まり、興味深い記事や本や生産される。
 古森義久氏(ワシントン、北京。「日中再考」等)、斉藤勉氏(モスクワ。「スターリン秘録」)、黒田勝弘氏(ソウル。「日韓新考」他)等々。
 今回の著者もその代表格だ。
 大学仏文科卒業、留学後、90年からパリ支局長。
 そんじょそこらのフランスウォッチャーでも、単なる尊仏卑日派でもない。フランスと日本を愛するが故に、双方に厳しい。そして、日本、フランス、そして世界の常識の差を厳しく指摘する。
 私はWTOやOECD交渉等でパリやパリ経由ジュネーブ等への出張が多かったので、数年前に知己を得た。場所はいつも、昼のパリの日本蕎麦店。私は蕎麦愛好議員連盟幹事長だが、この店はひどくおいしく、店長に日本に支店を出すよう勧めている(ちなみに、蕎麦の一人当たり消費量は日本よりフランスのほうが多い!)。
 この著者の「エリゼ宮物語」や「大国フランスの不思議」等も面白かったが、本書は最近のコラム集である。

 日本でフランスと言えばナポレオンⅠ世、ドゴール、シャネル。
 最近はジダン(アルジェリア系)、サルコジ(ハンガリー系)、エッフェル塔、ルーブル、ワイン、おしゃれ、傲慢・・・・。
 フランスで日本といえば、ジャポニズム(印象派)、ギメ美術館、マンガ、アニメ、シラク大統領は相撲、愛知万博がお気に入り。

 さて、著者によれば、フランスやフランス人は、自由、平等、博愛プラス、連帯と政教分離(熱心なカトリックが多いが、国是は非宗教。従って、イスラム教女性のスカーフ問題が起こる)。
 軍事力なくして民々主義なし。60%以上が、核による抑止政策支持。95年の核実験再開の際、政府要人は「核兵器技術を伝承する為、核実験は必要」と発言。70年代、ソ連が中距離核を配備した時、フランス(当時は左派のミッテラン大統領)はドイツ・ブラント首相と共に、ソ連に対抗して、アメリカの核ミサイルの配備を強く要請。結局ソ連が引き上げ、欧州核戦争の危機がなくなった。核抑止論が証明された。
 中国が核保有した時、フランス官僚は日本に「何故、日本は核抑止力を持たないのか」と質問。
 昨年、北朝鮮が核実験をした後、朝日新聞がフランスの人口学者、エマニュエル・トッド氏と対談し、「日本はそれでも核保有すべきではないですよね」と阿(おもね)ったのに対し、トッド氏は冷たく「核保有という選択肢もある」と答えたのには、ひどくずっこけた。
 但し、遠い中国に武器輸出したいと言った時、私は経産大臣として絶対反対を主張し、とどまらせた。

 対外政策は嫌々の賛成より、尊厳ある反対。NATOに加盟せず。
 しかし、ドゴールはキューバ危機、シラクは9・11で断固アメリカを支持。
 反米、反米といいながら、フランスは主要国で一度もアメリカと戦争していない、唯一の国。アメリカ独立戦争を支援。真に外交は国益の為の複雑系。

 ドゴールはチャーチルに言った。「フランスは戦争していない時は、常に英国の同盟国だ」(英仏はいったい何回戦争したか)。フランスはドイツと100年で3回(普仏戦争、第一次、第二次世界大戦)戦争し、いずれもバイでは負け。
 いわく、アメリカが助けに来るのが遅すぎる!

 アメリカとフランスは民主主義革命、共和制の本家争い。フランスが理論を確立し、アメリカが独立で実践し、その後フランス革命。ヤルタ会議、イラク戦争後の会議でフランスははずされ、ドゴールもシラクも激怒した。プライドが許さない。
 絶対的平和主義。それは国益を損なう敗北主義、現実主義の弱虫。祖国の為に絶対に戦うジャンヌ・ダルク精神。フランス人は常に文句をつける。議論がなかったら全体主義だ!

 著者はフランスの対日親近感を主張する。
 幕末の徳川側支援、第二次世界大戦で京都爆撃を止めたのはフランス系ロシア人だそうだ。
 要は良くも悪くも、フランス中心主義。
 英国は植民地に大学を作ったが、フランスは植民地から「華の都パリ」へ留学させた。
 アフリカや中東等の植民地だった国々も、関係は今も深い。
 傭兵。
 国境なき医師団。

 人材育成の為、ナポレオンⅠ世は工科大学院、ドゴールは国立行政学院を作った。
 ナポレオンが制定した、レジオン・ド・ヌールやコマンドール(私も頂いた)等の勲章も健在。
「新しいもの好きの保守主義」と著者は言う。
 移民議論も盛ん。先述のスカーフ議論と異なり、華麗なサッカー・ナショナルチームは移民系も多いが問題にしない。
 普段は地味で目立たないジダンは、そのプレーでフランス中の支持を得た。

 フランス人は働かず、文句ばかり言う。
 確かに日曜日、店は殆ど休み、労働者は13日の公休日+5週間の有給休暇。
 そしてストライキ。
 毎年難航するWTO交渉も、何故か7月31日には何となく一つの区切りができる。
 8月1日から夏休みで、誰も楽しみにしているから。
 万が一、バカンスがキャンセルされれば、保険が適用される。

 赤ちゃんの49%のどちらかの親は未婚。
 「働かず、学校に行かず」が15%。
 しかし、国の活力を約束する出生率は様々な施策で1.6人から2.1人へ。
 大事な子供の送り迎えは他人任せにせず、必ず親がやる。
 誇り。
 普仏戦争後ボロボロになった国民を鼓舞するため、スポーツ紙編集長が、フランス全土を回る、ツール・ド・フランスを始めた。
 
 国土の多くは農業地帯。「フランスは我祖国、EUは我未来」(ミッテラン)と、仏独中心に(英国は欧州ではないと言った)、ドゴールは50年かけてEUを確立した。
 フランスは多額の補助金をEUから受け取り、農業輸入国から輸出国になった(これがEU内やWTOで問題になっている)。
 トルコは宗教や非民主主義が理由ではなく、人口がフランスより多いから、フランスがEU加盟を反対していると言う。

 
 全てとは言わないが、学ぶべき点もある。
 不易と流行、新しいもの好きの保守主義、誇り、傲慢、したたか。EUのど真ん中の「あこがれ」のフランスで著者は、常に日本を見ながら活躍している。
 本当の題名は「日本よ、どこへ行く」なのかもしれない。