パネリスト
●青柳正規 国立西洋美術館 館長
●寺島実郎 二日本総合研究所 会長
●中川昭一 衆議院議員 志帥会会長代行
【日本社会の現状・特質】
(中川)日本はこの20年ほど、特に経済に関して底を這ってきた。現在もサブプライムローン問題の影響で、このままだと黒字倒産してしまうかも知れないという危機意識を持っている。
(青柳)階級社会のヨーロッパが「ピラミッド型社会」、抜きん出る分野が多い一方脱落者も多いアメリカが「多峰型社会」であるのに比べて、平等・均質的な日本は「高原型社会」。
グローバル化により世界水準が高くなるにつれ、日本は世界水準以上の部分が減ってきた。今後は、高原の上に世界水準を越える丘陵をつくるため、裾野にある“平等”や“治安”部分を削り取るなどする必要があるのではないか。
(青柳)ヨーロッパやアメリカなどは、階級差を乗り越えようとするエネルギーによって社会に活力を与える「熱い社会」であるのに対し、階級差などをできるだけなくす代わりに非日常を“ハレ”として日常の“ケ”と分ける日本のような社会を「冷たい社会」という分け方をしていたが、最近は日本社会も「熱い社会」に移行してきている。
今後の日本は、「冷たい社会」と「熱い社会」の双方を歩み寄らせて合体させることで、伝統を大切にしつつ現代の変化にも対応でき、幸せを感じられる文化を作れるようになる。
(寺島)教育水準・技術力・資金力など、どの要素をとっても日本は超一流なのに、それらを組み合わせて問題を解決する“総合エンジニアリング力”が欠落している。
【世界情勢】
(中川)かつて世界を席巻したことのあるロシア・インド・中国を含む「BRICS」などが再び世界において存在感を増し、ペルシャ帝国であったイランやエジプトにもエネルギーを感じる。
(寺島)9.11テロ後の情勢を見ると、価格高騰という追い風も受けている化石燃料(天然ガス・原油)で世界一の供給力を背景に台頭してきたロシア、“グレーターチャイナ(中国・香港・シンガポール・台湾で構成する大中華圏)”という有機的な連携を背景に台頭してきた中国、米軍撤退後のイラクに対してシーア派を通じて影響力を高めることが確実視されるイラン、の三国が“ウイナー(勝ち組)”であるのに対し、ドル安の大幅な進行と思うに任せぬ情勢に悩まされるアメリカが“ルーザー(負け組)”。
(寺島)以前のアメリカは、国際連盟創設、国際通商制度(WTOなど)や国際金融制度(IMFなど)の設計のように、戦争を越えた先に目指す見識を示していたが、9.11テロ後のアメリカはアフガニスタンやイラクでの戦闘の先にどういう世界を作りたいのかが見えてこない。
【300年以上続いたローマ帝国】
(青柳)空からの攻撃が強いアメリカが「空の帝国」、七つの海を制覇した大英帝国が「海の帝国」とすると、ローマ帝国は「陸の帝国」と分類でき、軍人ではない皇帝という1人の政治家が全軍を支配することで軍としての強さを維持することができた。
(青柳)地中海周辺国全域を支配して地域の余剰農産物を獲得して帝国の住人(5~6000万人)を養うだけの農業生産量を確保することにより、結果的に地中海地域において食糧を巡る戦争がなくなり、人々に幸せをもたらした。これこそカエサル、シーザーが偉大な政治家だと言われる所以である。
EUという経済統合のシステムも、ローマ帝国の“大きな領域化”をモデルにしているように見える。
(青柳)奴隷から自由民、自由民から市民、市民から騎士、騎士から元老院議員というように、努力や功績があればキャリアパス(昇格)できる階級社会であったことが、国全体に活力をもたらした。
(青柳)水などの社会的基盤が構造的に積み上げられていた「蓄積型文化」だった。給水される一人当りの上水量は現代の東京都の倍に当たる1000リッターだった。今のヨーロッパでも、家を一度建てると2~300年持つように作られているのも、「蓄積型文化」のおかげ。
(青柳)服従する国には自治と一定の軍事力を認めたが、富を蓄積し軍備を拡張し過ぎたパルミラのようにほどほど以上のことをやった国に対しては軍隊を送り込んで滅ぼした。
【空海というプロジェクトエンジニア】
(寺島)空海が遣唐使として唐に渡っても、日本の価値や日本人の誇りを見失わなかったという、日本を客観的に見ることができた国際人だった。
(寺島)空海は経典のみならず、井戸や溜池などの土木技術、金を溶かすなどの冶金技術、薬学などを唐から持ち帰った。帰国後も、京都の中心地に「綜芸種智院」という学校を設置して民衆に技術の知識を与える場を作る一方で高野山に大伽羅を作り上げるなど、空海は偉大なプロジェクトエンジニアだった。
【グローバリズムの総括】
(寺島)ヒト・モノ・カネ・技術・情報が国境を越えて自由に移動する時代になったが、結果として極端なマネーゲームの肥大化と、雇用条件の悪化を招いた「グローバリズム」を、もう一度冷静に考え直すべき。
(寺島)ロシア・中国・インド・シンガポールなど、経済をコントロールする「新国家資本主義」国家の台頭によって、グローバリズムの経済理論の柱であった「新自由主義」の限界が語られ始めている。
【日本が取るべき針路】
(寺島)アメリカが応援していた蒋介石が敗れた後、共産中国に対抗させるために敗戦から6年でアメリカの支援を受けた日本が国際社会に復帰できた例、米中関係の空白期があったからアメリカの支援を受けられて日本は高度経済成長が達成できた例、があるように、日米関係には常に中国という要素が関係しているので、日米中の三国間関係の中で正三角形のような位置関係をとることが重要。
(寺島)「アメリカをアジアから孤立させない」「(国際ルールに従わせるために)中国を国際社会の建設的な参加者として引き込んでいく」ことが日本外交の役割。
(寺島)裾野に波及効果をもたらす自動車産業の拠点を中国に移転してしまった現在、それに変わって多くの分野に波及効果をもたらすプラットホームとなる産業群(プロダクトサイクル)を育てるべき。例えば、高付加価値の技術産業国家の取り組みとして、従来の製造分野に加えて新素材やITやバイオナノテクなど多くの分野の技術を必要とする中型ジェット旅客機の国産化事業がある。
大人の役割としても、青年が一生をかけてもいいと思えるプラットホームを準備することが重要。教育制度の立て直しよりも、卒業後に目指したいものが見えるほうが自分の人生に真面目に向き合うようになる。
(寺島)政治の役割は、教育や医療を受けられない貧困などを軽減する、「不条理の克服」にある。奴隷制が間違いだと気付くなど、政治は歴史から教訓を得て進歩している。
(青柳)深刻な宗教・国境・民族問題がなかったために日本では政治を大きく必要としなかったことを裏返せば、日本には政治力を発揮する余地がある。経済で得た利益を使うモデルを示す、文化が充実する、などで社会がさらに活性化していくので、それらを実現する政治の構想力に期待したい。方向性を決めたら、志を持って実行して欲しい。
(寺島)次元の高いナショナリズムを育成し、アメリカとの関係を大切にしつつアジアとも重層的な関係作りをして欲しい。