2008年3月24日開催の講演より
◆1970年代と現代の類似点
私は今、日本経済は非常に厳しい状況にあると思っています。
2001年以来、政府のエコノミストたちは「日本経済は拡大している」と言ってきましたが、私は閣僚、党政調会長の時から現在に至るまで「デフレを克服しない限り、日本経済はまだ健全でない」と言い続けてきました。
今は「踊り場」という言葉も出ています。実体経済を考えると、もう少し厳しく見るべきだと思っているわけです。
昨年8月以来、米国のサブプライムローン問題や中国やインドの経済発展によって、石油や鉄・非鉄金属などの価格が高騰しています。さらに、一部の国の経済発展に伴って食生活の水準が上がり、穀物を食べていた人たちが肉を食べるようになりました。
1キロの牛肉を作るには、11キロの穀物と約20トンの水が必要です。各地で水が不足して土地が荒れ、砂漠化や塩害によって生産基盤が失われています。
日本は水が豊かと思いがちですが、面積が狭く人口が多いため、専門家によると国民1人当たりの水の保有量は世界平均の3分の1だそうです。そして、世界には水が不足している地域、水があっても不衛生で飲めない地域、女性や子供が何時間もかかって水くみをしている地域などがあり、これらを全部合わせると約26億人、世界の約4割が「水不足」の状態に置かれています。
私は農林水産大臣、経済産業大臣を経験し、食糧問題や資源問題を担当してきました。水、食糧、資源の三つの問題は密接な関係があり、気候変動対策、CO2対策が非常に重要です。温暖化で南極の氷がすべて溶けると、地球上のすべての水域が約60㍍上がるといわれています。日本の面積は3分の2ほどがなくなり、太平洋やインド洋の島しょ諸国は消滅してしまいます。
ちょうど1970年代も同じような状況でした。70年代と今が非常に似ているという私なりの前提に立ち、今日はお話ししたいと思います。
◆緊急対策必要なサブプライムローン問題
昨年から米国の低所得者向け住宅ローン融資が問題になっています。金融機関は、ジャブジャブ余っていたお金をリスクの高い低所得者に安い金利で貸しました。米国は昨年まで、投資目的で住宅を買い、利ざやはすべて消費に回すという、80年代の日本のバブルと同じような状況だったのです。
そしてその住宅ローン債権は証券化されました。これを肉まんに例えてみましょう。一つの肉まんを買った人が、中身を取り出して切り刻み、別の物を混ぜてまた肉まんに戻して売ります。次に買った人も中身に違う物を入れて売ります。教育ローンや自動車ローンなど、きちんとした物も入っていますが、中には段ボールやメタミドホスも入ったりしていて、それが世界中に行ってしまったわけです。それと同時に住宅市場もおかしくなりました。
この問題は、日本にとってどういう意味があるのでしょうか。日本の金融機関も少し影響を受けるところがありますが、経営が揺らいだりするようなことにはならないと私は思っています。しかし、米国の住宅ローンを持つ人は当然、株や車のローン、教育ローンも持っているでしょうから住宅ローンがおかしくなれば、他のローンやクレジットカードにも影響が出かねません。そうすると、今度は実体経済がおかしくなるわけです。日本経済で唯一頑張っている部門が輸出です。しかし、米国向けの自動車や家電製品の輸出が減れば、大変深刻な問題になります。緊急に徹底的な対策をとらなければならないと思っています。
◆テロとの戦いで新たな時代に
放っておけば、食糧や原油、資源の価格が上がり、しかも景気が悪いというスタグフレーションの状況になっていくわけで、私は日本経済の前途も悲観的に見ざるを得ないと考えています。しかし、一方で、政府が積極果敢に日本経済を立て直し、米国をはじめ世界経済に貢献できるかどうかが、政府・与党、福田自民党の責務であるとともに、ある意味好機だと私は思っているわけです。
先ほど今の状況は経済的に70年代に似ていると申し上げましたが、政治状況も似ています。70年代は中東で戦争が始まり、ベトナム戦争がいよいよ米国にとって調子が悪くなった時期でした。その後、ソ連のアフガニスタン侵攻や湾岸戦争、そして9・11へと来ました。宗教戦争や民族戦争によって世界が動かされてしまう時代に入ったのが70年代だったのです。
第2次大戦後、米ソの冷戦で片方が動けば互いが破滅するという状況下で、片方が核を持てばもう片方も持つというのが世界の常識でした。決して私は「核を持て」と言っているのではありません。しかし、持つことで核戦争を起こさないのというのが世界の常識なのです。
これまでは国家が中心でしたが、今はテロとの戦いというまた新たな時代に入りました。今年は日本でサミットがあり、北京では五輪があります。アルカイダは9・11の直後、声明で「我々の攻撃対象は1に米国、2に英国、3に日本、そしてスペイン、イタリア」と順番を付けてリストを出しました。何もないに越したことはありませんが、声明にある国は日本を除いてすべてテロが起きました。それを考えれば、今年は皆さんも安閑としてはいられません。これは、一人一人の心がけが一番大事なのではないかと思います。
◆疑問が残る日本の外交
70年代は先進国が中心でしたが、現在の機関車は中東と中国とロシアでしょう。私は、中国は今、非常に困っていると思いますし、一方で中国の政治家が懸命に頑張っていることも理解しています。
私は「中国の批判ばかりする」と言われますが、中国がやっていることは、中国の政治家からすれば当然の行動かもしれません。自分の国益をないがしろにしないのは、どの国でも同じです。
しかし、日本は果たして自国の国益を前提にして交渉しているかというと、私は疑問を持たざるを得ません。例えば、私は経済産業大臣の時、東シナ海のガス田の試掘を申請する権利を持ちながら、30年間も宙ぶらりんになっていた会社に試掘の許可を与えました。そうしなければ、中国に盗まれてしまうからです。でも、これは政治の世界では悪いことではありません。我々が盗まれないようにしないといけないのです。それが国家が生きていく道です。そうでなければ日本は、中国か米国の州か省になるしかないのです。
その会社は「やっと試掘の権利がもらえた」と喜びましたが、政府は事実上、試掘をストップしました。政府はそうは言いませんが、誰が見てもそう思うでしょう。どうして中国に気を遣わねばならないのでしょうか。日本は相手が嫌がることでも国益になるまでやり、相手と交渉すべきです。
中国産冷凍ギョーザ事件では、製造会社が「我々が一番の被害者だ」と会見しました。日本では考えられないことです。日本と中国との捜査についての話し合いは進んでいません。犯人や動機が分からない以上、いったん輸入を止めるべきです。私は農水大臣の時に、鳥インフルエンザが発生した国からの鶏肉の輸入停止にかかわりましたが、ある国で発生すれば、その国全体からの輸入を止めるのが国際ルールなのです。
中国は、混入していたメタミドホスについて「今は禁止した」と言っていますが、実際は出回っているようです。残念ながら中国のものをいったん全部止めなければ万が一、ギョーザと全然関係のないものから何かが出れば大騒ぎになります。賞味期限や食品衛生法など、できる限りの対策はやっていますが、食品に絶対安全ということは理論的にあり得ません。中国の状況がはっきりしない以上は、いったんストップするしかありません。
◆中国を悩ませる「三つのG」
中国は今「三つのG」で困っています。ギョーザ、豪雪、五輪です。北部では水が不足し、3本の巨大な水路を作る計画に着手していますが、これは対岸の火事ではありません。中国で水が不足し、砂漠化が進むと、日本に来る黄砂が増えます。私は中国の大臣に「省エネや環境問題にもう少し取り組んでくれれば、空や海から日本に汚ない物が降ってこなくて済む」と言い続けています。中国政府も大変困っているのが現状です。
もう一つはチベット問題です。この問題は3月10日前後に起こったのではなく、50年続いている話です。チベットでは毎年デモが起きていますが、残念ながら一方的な報道しかなく、日本のマスコミも現地に入れません。本当にきちんとした報道が中国側から出てくるのでしょうか。中国からすれば「なぜこんな時期に騒いだんだ、けしからん」と思うと同時に、逆に「これを利用してやろう」と思っているかもしれません。そのどちらかかは分かりませんが、中国にとって頭の痛い問題で、欧米にとっては非常に大きな関心事です。
中国が独裁国家かどうかという点に関しては、いろいろな見方がありますので、100%独裁国家だとは言いません。ただし一党独裁で、マスコミや出版物への検閲があるのは事実で、日本よりはるかに独裁性が高いと思います。
過去に独裁国家が主催した五輪の例を、ある人が教えてくれました。1916年のドイツ五輪は第1次世界大戦中で中止、40年の東京五輪も戦争で中止になりました。実際に行われた36年のベルリン五輪、ソ連が行った80年のモスクワ五輪は両方とも成功しました。不思議なことに、36年のベルリン五輪の9年後の45年にドイツ第3帝国は崩壊しました。そして80年の9年後の89年にソ連も崩壊しました。
日本の選手たちはどこへ行く時も日本食を持って行きます。それをストップするところに、私はこの五輪に何かを感じざるを得ません。もちろん五輪の成功を願っていますが、国際オリンピック委員会の所管にもかかわらず、あまりにも主催国が好き勝手をやるようなら、我々としてもスポーツに関連するものを考えなければならない、ということもないとは言えません。80年のモスクワ五輪にわが国は参加せず、出場できなかった私の友人の選手たちは泣いておりました。本当に気の毒なことでしたが、政治と五輪の関係はなかなか難しいものがあります。
◆求められる黒字倒産回避の政策
今こそ、我々政府・与党は政策を打ち出さなければなりません。サミット、WTO、日中のいろんな交渉でも、めりはりのある外交を行い、譲る所は譲り、守る所は守るというようにしなければなりません。そして、今はある意味で、食糧自給率を上げるチャンスかもしれません。世界中で食糧の輸出制限をかける国が増えてきました。インドは米、アルゼンチンとウクライナは小麦の輸出を制限しています。万が一の時、食糧が自国に入って来ないという問題が目の前まで来ているのです。
民主党が言う「自給率100%」は、毎日サツマイモとちょっとした野菜だけを食べればできますが、現実的ではありません。形が悪かったり傷が付いたりして商品にならず、捨てている作物を役立てるなど、いろいろな手段で自給率を少しでも上げていく努力をすべきだと思います。
それから、日本にはお金がたくさんありますが、このままでいくと黒字倒産する可能性があります。人間の体にたとえると、血管が詰まった状態でお金が流れていないからです。現在よく言われている外国為替特別会計も、運用益が3兆円くらいあります。半分ほどを一般会計に出し、残りの半分がたまっていますが、私はこれを多少リスキーな手を使って運用すべきだと思います。日本が黙って黒字倒産するかもしれない状況の中で、今までと同じことだけやっていればいいのでしょうか。日本はもはやそういう状況にないと思います。
企業はコストが上がっているのに価格に転嫁できず、大変困っています。やはり耐えられない部分は上乗せしなければなりませんし、消費者も買う余力がなければいけません。73年の石油ショックの時は物価が12%上がりましたが、名目成長率は22%で実質成長率は8%上がりました。物価は上がったけれども所得も上がったので、トータルでみれば成長率も家計部門もプラスになったわけです。
今は物価は上がっていきますが所得が増えず、本当に沈没を待っているだけです。石油も物資も為替も高止まり状態です。食糧難ももっと厳しくなるかもしれないという状況を何とかブレイクスルーしなければなりません。その政策を私どもはやっていきたいと思います。
冒頭紹介がありましたが、私は「真保守政策研究会」という勉強会を作りました。保守政党とは何か、いろんな考え方があると思いますが、どうしても譲ってはならない日本の素晴らしいものを守り、そのために改革していくつもりです。ぬるま湯状態で黒字倒産しないよう、子供や孫たちのためにも必死に頑張っていかなければなりません。
福田総理は厳しい状況からスタートし、大変もがいておりますけれども、こうした少し乱暴な政策提言ができるグループで若干強めに後押しをさせていただいて、福田政権のもとで4月危機にならないよう、ブレイクスルーの努力をしていきたいと思います。