日刊・北海協同組合通信に寺島実郎さんとの対談記事が掲載されました。


【水曜インタビュー】
 ◎対談―北海道を再びエネルギーの島に
   中川昭一衆議院議員・寺島実郎日本総研会長
 1月20日に帯広市内で「バイオマス講演会in十勝」(主催・十勝地区農協組合長会)が開催され、衆議院議員・中川昭一氏と、財団法人・日本総合研究所会長の寺島実郎氏が「日本が進めるエネルギー戦略」をテーマに対談した。今日進められている「バイオマス・ニッポン総合戦略」のきっかけをつくった2人の対談は、その序章を垣間見るようで興味深い。農業や環境とエネルギーとの深いかかわり、国際情勢や北海道への提言も交えた貴重な対談の概要を紹介する。コーディネーター役は末松広行農水省大臣官房企画評価課長。(文責・編集部)
 ○バイオエネルギーめぐる3人の恩人―中川氏
 末松 いよいよ北海道でバイオエタノールを本格的につくるための施設建設が始まった。これについてはもう10年も前になるが、本日対談していただくお2人の議論を、私も非常に感激しながら聞いた覚えがある。本日はその意義をお話いただくとともに、今後のわが国のエネルギー戦略や北海道発展の可能性についてご対談いただきたい。
 中川 私がこのバイオマスエネルギーの問題に注目するきっかけとなったのは寺島実郎さんで、同じ北海道出身ということもあり、私が最初の農水大臣をやっているときにもいろんな話をした。その中で寺島さんは、大変熱心に日本の農業や環境、エネルギー問題についてお話しになり、ブラジルの話などいろいろ聞いた。今のバイオマスエネルギーに取り組むきっかけをつくってくれた大恩人であり、この場を借りて改めてお礼を申し上げたい。
 2人目の恩人は、今コーディネーターをやっていただいている末松広行さん。末松さんは私が最初の農水大臣を務めていたときの秘書官で、寺島さんとお話するときも、私の横でより鋭くその問題を感じたのだと思う。大臣秘書官を辞めた後に環境対策室長になったが、ご存知のとおり、農業にはほとんど理解がなかった小泉総理(当時)が、2つだけ農業に理解を示したことがある。これはいずれも私と末松さんが提案したものだが、ひとつは「攻めの農政」ということで、輸出という観点で農業に大変関心をお持ちになった。そして2点目が食べ残しや廃棄物を有効活用しエネルギーにするという話で、これが小泉総理の琴線に触れ、大変関心を持っていただいた。
 その後、いよいよ実証実験をやろうという段階になり、私としては何としても地元で第1号をつくりたい、そして北海道をバイオエネルギーのメッカにしたいと考えたが、果たして受け入れてもらえるだろうかという不安が大きかった。そのときに、私の話を非常に熱心に聞いてくれたのが十勝管内農協組合長会の有塚利宣会長で、ヨーロッパなどにも視察に行き、昨年の実証プラント建設にまでこぎつけていただいた。有塚会長は私にとっての3人目の恩人だ。
 ○日本型の環境にやさしいエネルギーをつくる
 WTO交渉が非常に激しかった一昨年、日本の農水大臣としては初めてブラジルに行き、さとうきびからつくるバイオエタノールの実態を見てきた。このとき見たエタノール工場は、搾りかすを三菱重工のボイラーで燃やして発電し、工場で余った電気を売電しており、外からのエネルギーはほとんど投入せず、エネルギーが完全に循環していた。その工場で1年間に処理するさとうきびの量は720万㌧だから、1つの工場で日本のさとうきび生産量(120万㌧)の6倍ものさとうきびを処理していることになる。
 当時はまだ石油の値段がここまで上がっておらず、ブラジルでも石油が30㌦を超えると、さとうきびをつくって売ったほうが安いという話をしていたが、今や100㌦の時代。しかも、ブラジルでは石油が出なかったので1970年代にエタノール生産を始めたが、今は石油も出るようになった。当時は日本の資金やボイラー・発電技術とブラジルのノウハウをジョイントして、世界の貧しい国でバイオエタノールをつくり、その国を発展させると同時に、できたエタノールを日本に輸出するのが目的だったが、どうも状況ががらりと変わってきたようだ。
 いずれにしても、今や洞爺湖サミットの中心議題は地球環境であり、WTOでも最近は農業の中心課題として環境問題が非常に大きなミッションになってきている。すべてがバラ色というわけでは決してないが、日本が日本型の環境にやさしいゼロエミッションのエネルギーを日本にふさわしい形でつくる、あるいは世界に貢献していくことが今後ますます重要になってくるし、サミット議長国の役割として、環境問題、地球温暖化、クリーンエネルギー、循環型エネルギーという部分で政府・自民党としても積極的に努力し、世界にアピールしていきたい。
 ○話題提供から10年、よくここまできた―寺島氏
 末松 次に、寺島先生は10年前からこの方面について提言をされていたが、世界情勢は大きく変わっている。バイオマスエネルギーについてどのような考えをお持ちか。
 寺島 父が炭鉱の仕事をしていたので、私は北海道の炭鉱で生まれ、小学校の6年から高校までは札幌で過ごした。北海道は戦後、エネルギーで日本を支えてきたが、再びエネルギーで日本を支える島にならないだろうかというのが、私と中川さんの共通の問題意識だろうと思う。
 私は1987年から10年間、アメリカ東海岸のニューヨークとワシントンで仕事をしていたが、このバイオマスエタノールというものに初めて気づいたのは90年代のはじめ。ワシントンにアメリカの農業団体や農業関連企業が押しかけてきて、バイオマスエタノールという言葉を使い始めたときだ。これは、遺伝子組換え技術を使ってとうもろこしを増産したところ、人間に食べさせると危ないのではないかという話になってきて、それならガソリンに混入してバイオマスエタノールとして利用しようという考え方が登場し、一気に浮上してきたからだ。関心を持って調べてみると、ブラジルでは1970年代からバイオマスエタノールに大変力を入れ実績を上げていた。東京で中川さんと会ったときに話したところ、詳しく聞かせてほしいということで、まさに末松さんも一緒の席で、ブラジルやアメリカはこういう状況になっているという話をした。そこからが中川さんという人の行動力で、私は日本の政治の中でよくぞここまでもってきた、実現の扉を開いたのは中川さんだ、とつくづく思う。
 ○環境、農業、エネルギーをつなぐシナリオ
 では、バイオ燃料とは何なのか。だれもが21世紀のキーワードと言っている「環境」「農業・食料」「エネルギー」という3つの言葉を頭の中に置き、その三角形の真ん中に落ちるようなプロジェクトが何かあるだろうかとイマジネーションを働かせたときに、一種の多次元方程式を解くような政策シナリオとして登場してくるのが、このバイオマスエタノールだ。
 まず、日本はエネルギーの外部依存度が極端に高い。しかも、1973年に起きた第1次石油危機当時、日本の石油の中東依存度は78%だったが、今は中東依存度が約9割に高まっている。石油に依存している度合いそのものは下がっているが、依然として中東に石油の9割を依存している。しかも一時は供給源の多角化に努力したが、石油のコモディティ化、つまり石油も国際商品であり市場に任せておけばいいという考え方の中で、日本にとってエネルギーの供給源を多角化しておかなければ安全性が確保できないという議論が吹っ飛んでしまい、とにかく1㌣でも安い石油を確保するという方向に向かった。結局、中東から大型タンカーを数珠繋ぎにして運んでくるのがとりあえずは一番安上がりだというシナリオに流れてしまい、気がつけば9割を中東に依存する結果になっている。
 こうした状況の下、日本は昨年「新・国家エネルギー戦略」をつくったが、その中では、エネルギーは国家として政策意思をもって立ち向かわなければならないという問題意識が強くなっている。その際、最も望ましいのはエネルギーの国産化だが、これは石炭産業が北海道から消えたことからもわかるように、日本がすっかり忘れ去ってしまったシナリオ。ここでもうひとつの「農業基盤を生かす」というキーワードが非常に重要になってくる。もし農業基盤を生かして、国内資源として再生可能なエネルギーを生み出せるならそれに越したことはないわけだ。
 ○農業基盤の重要性、CO2吸収でも再評価
 また環境問題については、いよいよ今年から京都議定書の約束期間に入った。日本は1990年に比べて6%のCO2削減を国際社会と約束しているが、1990年から昨年までの段階ですでに7・3%CO2の排出量を増やしている。したがって、2012年までに日本が公約を守るためには、1990年に比べ13・3%CO2を削減しなければならない。しかも、先日のバリ島の会議では、ポスト京都議定書として先進国は2020年までに少なくとも1990年に比べ25%CO2を削減すべきだという目標が出てきた。このままいくと日本も25%でコミットせざるを得ない状況になりかねない。洞爺湖サミットも迫っており、これらの数値目標から日本は逃れることはできないだろう。仮に日本が25%という目標に踏み込むとしたら、25%に7・3%をプラスし32・3%、1990年に比べ実に3分の1のCO2を削減しなければならない。これが現実的な目標かどうか試算したが、国が出しているあらゆる計画を抜本的に見直し、日本人の生活そのものを組み立て直さなければ、3割以上の削減はとても現実的とは思えない。
 そういう中で、農業基盤を生かすということがますます重要になってくるだろう。現在は国際的にも農地の意味が再評価されており、技術的には農地に手を加えることでCO2の吸収量を2倍に高めることが可能といわれている。日本の農地面積は467万㌶で、農水省はこれを450万㌶で持ちこたえ、しかも食料自給率を今の39%から45%まで引き上げるという目標を立てているが、これは果して整合性があるのかどうか。何らかの形で農地を500万㌶に増やし、しかも有機肥料の投入などメンテナンスをよくすることでCO2の吸収量を2倍にできれば、京都議定書やポスト京都議定書の目標に対し、きわめて戦略的で有効な手立てになってくるだろう。
 ○実証実験から産業化の段階へ、潜在需要は大
 バイオマスエタノールは、日本ではまだ実証的段階でようやく体制が見え始めたという局面だが、今後の方向性として、電力会社にはRPS法で2010年までに1・35%を再生可能エネルギーでまかなわなければならないという目標があるが、この目標を3倍に引き上げると想定すると、少なくとも約300万㌔㍑のバイオマスエタノールの需要が電力会社から生まれる。また、ガソリン燃料としての使用をE5まで引き上げるなら、約250万~300万㌔㍑程度の需要が想定でき、合計で500万㌔㍑以上の潜在需要が見えてくる。そうなるとこの話は実証実験の段階から産業化の段階へと移行するし、それぞれの環境政策、農業政策、エネルギー政策にとって、一種の清涼飲料水的話題から主食級の話題に転じる可能性が大いに出てくる。
 ただし、北海道では十勝のほか苫小牧でもバイオマスエタノールのプロジェクトが動き出しているが、私の問題意識として克服しなければいけないと思っているのは、ETBE混入の問題だ。イソブテンを混入しなけれだめだというルールづくりが渾然と存在しており、これは石油連盟などの利害を背景にしているから簡単に克服できるとは思わないが、その場合、できたエタノールを一度神奈川に運んでイソブテンを混入し、それをまた北海道に戻すということでコスト高になってしまう。果たしてそこまでして混入する必要があるのか。技術的にもメリットがあるのかどうか、冷静に検討し直さなければならない。
 いずれにしても、バイオマスエタノールというのは議論の入口で、例えば北海道に引きつけた場合「潜在的な価値がある農業基盤を生かし、日本のエネルギーを支えた時代をもう一度取り戻す」という政策シナリオは、非常に目鼻立ちがいいストーリーだ。今、日本がやや沈滞化しているのは、目的がはっきりせずシナリオが見えないから。活力を取り戻すためのシナリオが見えてくれば、それに参加し、額に汗しようという日本人は多いだろう。
 ○1990年が基準、日本はハンディがある
 中川 昨年のドイツのサミットをはじめ、このところ地球のリーダーたちの問題意識は、貧困問題と環境問題という流れが続いている。その中で京都議定書は1990年が基準となっているのが大きなポイントで、90年というのはソ連やベルリンの壁が崩壊し、EUにエネルギー効率が悪い旧東欧諸国が入ってこようというときだが、日本は2度のオイルショックを経験し、省エネ技術も環境技術も世界で一番進んでいた。すでにかなり乾いた状態からのスタートであることをよく認識しておかなければならない。
 しかし、地球温暖化は大変な問題だ。温暖化によって南極大陸の氷が全部溶けると、地球上の水位は57㍍上がるという。さらに、現在空気中のCO2の濃度が1~2%にもなると、人間などの生物は生きていけなくなる。
 他方では、人口が爆発的に増えている。食料も資源もエネルギーも有限であり、そして何よりも世界で確保できる安全な水の量は70億人分しかないというデータもある。水、食料、エネルギー、資源という4つの中で、日本は水だけは豊富だと思いがちだが、決してそうではないことをご理解いただきたい。日本の1人当たりの水の保有量は世界平均の3分の1しかないという事実もあるし、これからますます温暖化していくと、十勝でも農地整備をしようとすると水が足りないという話をよく聞く。やはり「節約」という美徳を改めて確認し合い、世界に広げていくことも重要なことだ。日本は数値目標を出さないと世界中から批判を受けているが、今後何らかの数値目標を出すとともに、国民一人ひとりがCO2の排出量削減に努力していることを実績として世界に示すことが重要だ。
 ○非食用部分の活用に向け、段階的に接近
 末松 そういう中、北海道と新潟で国産バイオ燃料の大規模な実証実験が平成19年度から始まっている。しかし、最近はバイオエタノールの話になると、食料との競合などがいろいろいわれている。政策担当者としては、今、日本でできることを粛々と進めていくとともに、世界の状況をきっちり見ていくことが大事だと思うが、こうした否定的な意見に対してどう考え、どう解決していくべきか。
 寺島 「バイオマスエタノールはだめだ」という話は最初から多かった。新たな課題が提示されると、人は必ずノーから入るもので、イエスから入るのは中川さんぐらい。思い起こすと、例えば自動車メーカーは「エンジン設計を変えなければいけないから、面倒くさい話はやめてくれ」と言っていたし、石油業界も「ややこしい話はしないでくれ」と言っていたが、その後の世界的な流れの中で、日本の自動車メーカーは堂々とE20をクリアするエンジンを確立しており、自動車メーカーや石油業界からも「バイオマスエタノールは困る、やめたほうがいい」という話はほとんど聞かれなくなった。
 一方、食料との綱引きという面で、ブラジルではさとうきびからエタノールを抽出しているため砂糖の製造コスト引き上げにつながっているほか、最近ではバイオマスエタノールのほうに生産が傾斜し、むしろ穀物の生産がおろそかになり、価格高騰につながっているという問題も出てきている。これらはもちろん政治的に解決していかなければならない問題だが、最終的には人間が食べられないものからバイオマスエタノールを抽出していくような技術が望ましい。これはすべて段階的接近法だと思う。セルロース系などもこれから大いに検討しなければならないが、最近は極東ロシアでバイオマスエタノールを生産するという提案もあるし、東南アジアでは人間が食べない植物からエタノールを抽出できないかという動きもある。そういう中で現在の日本にとってベストプラクティスは何かというと、やはり段階的に接近していくのが妥当なシナリオだろう。
 ○バイオエタノール生産を人の移動につなげる
 寺島 一方、まったく違ったアングルから発想を転換し、北海道でバイオマスエタノールに取り組むことの意味について提起したい。私は今、国土交通省の国土形成計画策定にかかわっているが、ここで「2地域居住」という言葉が出てくる。これは今後の北海道の活性化にとって大変重要であり、農業基盤を支える方法論としてもこのキーワードは非常に重要だ。今東京では、団塊の世代を中心に「夫婦2人で狭くてもいいから便利なところに住もう」というライフスタイルが出てきているが、このような都心回帰が進むほど、地方や田舎に対する潜在願望は高まる。生産的に意味がある形で田舎に片方の軸足を置き、2つの地域を移動することによってライフスタイルを組み立てたいという願望が高まってくる。そこで登場するのが農業生産法人だ。
 これはすでに農業後継者の問題もあって、全国に8000を超す農業生産法人ができている。その中で、農業生産法人型の生産パターンに乗りやすいものは何かと考えたときに、バイオマスエタノールは農業生産法人型の生産体系に適しているのではないかというのがある。
 例えば「今まで東京でサラリーマンをやっていた人間は故郷に帰って農業をやったほうがいい」などと言っている人がいるが、それはとんでもない話で、農業はそんなに甘い世界ではない。しかし、今までサラリーマンとして経理やマーケティングを担当していた人が、農業生産法人の中で経理やマーケティングを手伝うというのはリアリティがある話で、何も大枚の給料はいらないが、月のうち1週間を田舎に軸足を移して貢献したい、移動によってライフスタイルを組み立てたいという人の受け皿をつくることは、とても重要になるだろう。
 定住人口は増えなくても、2地域居住という国内からの移動人口を増やすことは、北海道の農業、環境、エネルギーにとって非常に重要な戦略になる。そのときに農業生産法人方式でしっかりとした受け皿をつくり、東京方面からの移動人口を引きつけるようなプラットフォームを用意し、そして何らかの形でそうしたプロジェクトに参画したいという人の移動をテコに、地域の消費や住宅事情を活性化する。そういうシナリオをつくり上げていくことが、北海道にとって重要ではないか。この種のプロジェクトを立ち上げるときには専門家やそれを支える若者が必要であり、そのためには北海道にふさわしいストーリー、北海道は農業やエコロジーで日本を支えていく島なのだというストーリーをしっかり組み立てることが重要だろう。(おわり)
 日刊・北海協同組合通信(平成20年1月30~2月4日連載)提供