日本農業新聞 「ざっくばらん 農相回顧 中川昭一」(3月27日掲載)


(6)WTO交渉(5)やむなく凍結
《世界貿易機関(WTO)交渉の合意期限は2006年4月末から6月末、7月末と順次延期された。6月末の主要6カ国・地域(G6)による閣僚会合でも交渉の前進はなく、7月の主要国首脳会議(サミット)では1カ月以内に農業などのモダリティー(保護削減の基準)を確立することで一致した》
 6月末はサッカーのワールドカップで盛り上がっていた。そういう雰囲気でも交渉は激しかった。米国のシュワブ通商代表と欧州連合(EU)のマンデルソン貿易担当委員がやり合い、米国の農業国内補助金をどれだけ減らすかで対立した。米国は動かなかったが、本当に交渉を進めるなら、どのぐらいかはともかく米国が譲歩姿勢を見せないと難しかったね。
 ロシア・サンクトペテルブルクでのサミット後の7月17日に日帰りのようにジュネーブに飛んだ。サミットにはWTO事務局長や米国、EUの閣僚が出ており、秘密の合意をしたんではないかと疑心暗鬼になって問いただしたら、首脳宣言以上のものはなくひと安心したよ。
 《7月23、24日にG6の閣僚がジュネーブに集まったが、米国は譲歩せず、ラミーWTO事務局長は交渉凍結を宣言した》
 7月23日に30カ国ぐらいで協議して、「難しいので、後はG6に任せよう」となった。G6で断続的に協議したが、夜中にラミー事務局長が「もう駄目だ」と言い始めたんだ。びっくりして私は「せっかくここまで来たんだから」と言ったが、会議全体として仕方ないという感じになったんだ。
 交渉中断の時点では、それぞれに不信感があったと思う。閣僚が集まっても同じ議論の繰り返しばかりだし、農業など各交渉グループの議長も一生懸命やっているけれど前に進まない。ラミー事務局長はよくやっているが、議長らの話を聞いていない。みんながそういう感じを持ってしまったんじゃないかな。
 交渉を振り返ると、農相として絶対に守らねばならないことがあった。だから攻め続けた。ブラジルは「農業が進まなければ、鉱工業品分野も進まないよ」というけれど、こちらは「鉱工業品で進まなければ、農業はだめだよ」とね。
 交渉中断後、小泉政権から安倍政権に代わったが、私は農相退任の組閣当日まで海外の閣僚と電話会談をして情報収集していた。これからも政府の交渉を応援していくよ。