最近読んだ本(11月17日)『枢密院議長の日記』 佐野眞一 講談社現代新書


■「枢密院議長の日記」 佐野眞一 講談社現代新書
小学校5年、6年の担任の伴先生は、日記をつけさせ、毎日朱字で感想を書き、誤字を直して返してくれた。それがうれしかった。しかし、その後日記をつけようとしてもいつも三日坊主で終わり、先生の苦労に報いてなく、申し訳ないと思っている。


本書は、大正8年から昭和19年末までの26年間、ノート300冊の日記の解説書。日記の「主」は倉富勇三郎。その名を知らなかった。1853年(嘉永6年)生まれ。昭和23年、96歳で没。漢書を学び、検事となり、法制局長官、宮内省に転じ、最後は枢密院議長・男爵。本の裏・表の表紙は「恐るべき記録魔」「一読茫然!」「世界最長日記」とまじめすぎる本としては、センセーショナル。なにしろ、この内の5~6年分の紹介、解説だけの本書で430頁もある。石部金吉、手続・序列至上主義者、宮中井戸端会議主宰者、宮中テープレコーダー、そして日記マゾ。著者もこの日記に恐れおののき、あきれ、そして「主」を半分馬鹿にしながら必死に戦い、「主」に引かれている。
私もどこかの書評を読んで、この本を買い、最初の20頁程はつらかったが、やがて、この「日記マゾ、ワールド」にのめり込んで遂に読破。


「三越で妻に何をいくら買った」とか「誰の香典にいくら包んだ」とか、 「1分時間が空いたので日記を書いた」とか、どうでもいいことも嫌と言う程紹介している。著者は「日記マゾ」にして「読者サド」か。いや、それだけではないと思う。つまらぬ部分があるからこそ、大正から昭和への大転換時代の記述が実に面白い。
大正10年前後に続発した、「宮中某重大事件」(昭和天皇、当時皇太子の御成婚問題)、皇太子摂政問題、皇太子洋行問題、朝鮮李王と梨本宮王女御成婚、少年皇居進入事件等々。政治家や官僚の右往左往、マスコミの過熱に対し、「主」は冷静・淡々にして、興味津々に対応し、記録する。著者は「大正デモクラシーは浅薄なものだ」と切り捨てる。その証拠に・・・・、柳原白蓮騒動を始めとする、皇族(天皇陛下は別格の尊敬対象)や、華族のスキャンダルや問題点、悪口をこれでもかと延々と記録している。社会が病んでいると嘆く。


そして大正から昭和へ。日記も淡々としながら、一層暗くなってゆく。関東大震災(大正12年9月1日)、虎ノ門事件(同12月27日)とその不敬の噂話。昭和天皇即位の大礼(昭和3年11月)、ロンドン海軍軍縮条約締結と枢密院での大議論(昭和5年)、5・15事件(昭和7年)、そして2・26事件(昭和12年)から最悪のクライマックスへ日本はつき進んで行く。そして驚くべきことは、明治維新から60年もたったこの頃で、山懸有朋、大隈重信、山本権兵衛、東郷平八郎や明治憲法(明治22年発布)を作った金子堅太郎や伊東己代治、白虎隊から東大総長になった山川健次郎等の人々が、活躍もしくは生きていたことだ。これら明治を作った人々がいなくなった時、日本はとり返しのつかない時代に入ってしまっていて、もうどうすることもできなかったと言える。言い換えれば、維新から日露戦争勝利に至る、右肩上がりの時代の主役たちが、そのまんま思考停止して、神州不敗、統帥権独立と言った神話による、根拠なき自己正当化のみで「大東亜戦争」へ突っ込んでいった。
「熱物に懲りてなますを吹く」。今その反動が極端に我が国に蔓延しているのではないか。
「今日は記憶がないので書かない」という記録もあり、人生最後の日は「便の様子は普通」だけ。こういう人が旧体制を支え、一々記録し、そしてそれに挑戦して解説・出版する人がいて、又それを買って読む自分がいた。この本が、どの位売れるかにも興味を持ってしまうような、不思議な本。
もし、近現代史の大転換と当時のゴシップを同時並行で読みたいという意欲があり、時間と忍耐が多少あれば、読む価値あり。ちょっと我慢すると、すぐ冗長・マゾ日記ワールドのとりこになります。
私は日記は三日坊主だったが、本書は読破した。