最近読んだ本(3月3日)『自由と規律』 池田潔 岩波新書


 高校時代に読み印象に残った本を紛失し、ずっと気になっていたが、先日book centerで数十年ぶりに出会い、一気に読んだ。やはり同じ衝撃を受けた。初版は昭和24年。私が買ったのは、平成20年1月版第94版。戦後最高のロングセラーの一つだろう。著者は慶應大学教授で1903年生まれ、1990年没の英文学者。戦前十代の頃、イギリスのパブリックスクール(以下P.S)に「監禁」されていた3年間を振り返っている。
 予め断るが、本書や、イギリス上流階級の人間形成の土台であるP.Sを、封建主義、頑迷、旧弊、階級主義、傲慢と評価することもできる。しかし、イギリスのイメージは複雑だ。暗い天気とガーデニング、陰湿でこうかつな植民地政策と民主主義、奴隷制度と一早いその廃止。無口気難しさとユーモア感覚・・・・・。著者も言っている。「イギリスは極めて非合理―理屈で分からないものがたくさんある。ロンドン警視庁がスコットランド・ヤード、クライツホスピタルが学校、イートン校はカレッジで、ハロー校はスクール、ユニバーシティ・カレッジ・スクールは何て訳せばいいのだ」
それでも私は著者とP.Sの「良識、礼儀、勇気、教養、ノブリス・オブリージュ」に憧れる。

 P.Sは学課とスポーツとルールのみ徹底的に(理屈抜きで)叩き込まれる。音楽、美術、文学等はダメ。年齢無関係、席次なし、落第も目立たない。寒い寮生活で暖房なし、ふとんなし。薄い毛布に雪が積もり、洗面器の「水」は凍り、食事は質・量とも極めて粗末。考えただけでぞっとする。勉強も度を越したり、隠れてやると軽蔑される。
ルールを破ると、罰はラテン語の清書百回等。
スポーツに徹底的にこだわるが、それもサッカー、ラグビー、ホッケー、クリケット等の団体競技。ジェフリー・アーチャーの「獄中記」で本人が何週間も監獄に入れられている間、唯一の楽しみはクリケットの国際試合をラジオで聞くこと。- 一試合を何日もやっている。」と書いているのを思い出した。

 著者が体験したいくつかの実例を挙げている。イギリスらしいと思ったのは、
あるアメリカ人が学校の素晴らしい芝生の手入れをしている庭師に10円渡して、その秘訣を聞くと、「水をやれ、ローラーをかけろ」。もう10円渡してもう一度聞くと、「水をやれ、ローラーをかけろ」。アメリカ人はムッとして10円渡して、「そんなことは分かっている!」と怒鳴った。すると庭師が「それを500年続けるとこうなるんだ」
その庭師とは、校長でノーベル賞学者だった。

 出版から60年たって、イギリスもP.Sも変わったと思う。サッチャー時代の様な教育危機もあった。日本に移植しようとしても、500年以上の経験主義に基づくP.Sを簡単にできるものではないと思う。日本の教育を考える以前に、40年前に読んだ時と同じ様なすがすがしい感動を覚えた。年のせいか、ノスタルジアか、高校時代と変わらぬ感性による漠然とした憧れか。